寺院財産と住職個人の財産との区別

Q 当寺では、長年にわたり住職一家が寺院の境内に居住し、寺院の収入から生活費を支出したり、反対に本堂や庫裏の修繕費を住職個人が負担したりしてきました。また、寺院名義の預金と住職個人の預金についても、必ずしも明確に区別して管理してきたわけではありません。

寺院財産と住職個人の財産は、法律上どのように区別して管理する必要があるのでしょうか。また、両者を混在させて管理した場合、どのような問題が生じるのでしょうか。

1 寺院財産と個人財産

寺院では、住職が境内に居住し、家族とともに長年にわたり寺院の維持・運営を担っていることも多く、寺院の運営と住職一家の生活とが密接に結び付いています。

そのため、一般の会社などと比較して、宗教法人の財産と住職個人の財産との境界が曖昧になりやすいという実態があります。

例えば、寺院の預金を住職個人名義の口座で管理していたり、寺院の収入から住職一家の生活費を支出したり、反対に本堂や庫裏の修繕費を住職個人が負担していたりするケースも珍しいことではありません。

しかし、宗教法人と住職個人は法律上は別個の権利主体です。

寺院が宗教法人として独自の法人格を有している以上、宗教法人に帰属する財産と住職個人に帰属する財産とは、明確に区別して管理することが大原則となります。

2 寺院財産の帰属

宗教法人が所有する境内地、境内建物、預貯金その他の財産は、あくまで宗教法人自身の財産です。代表役員である住職がこれらを管理していたとしても、住職自身の個人財産になるわけではありません。

この点、特に注意しなければならないのが不動産の管理処分です。

例えば、本堂、庫裏、墓地その他の土地建物について「先代住職から代々引き継いできた寺の財産」という認識があったとしても、法律上誰にその所有権が帰属しているかは、不動産登記簿その他の資料によって確認する必要があります。

宗教法人名義の不動産については、住職が交代したとしても、当然に新住職個人に所有権が移転するわけではありません。同様に、住職が死亡した場合にも、宗教法人の財産が住職の相続財産に含まれることはありません。

3 預貯金と収入

寺院の財産と住職個人の財産が混在しやすい典型例が「預貯金」です。

寺院の宗教活動によって得られた収入について、長年、住職個人名義の銀行口座で管理しているケースもあります。

しかし、銀行口座の名義人と、その預金が実質的に誰に帰属するかは、必ずしも一致するとは限りません。

そのため、住職個人名義の口座に寺院に帰属すべき金銭が継続的に入金され、さらにその口座から住職個人の生活費等も支出されているような場合には、後日、どこまでが寺院財産で、どこからが住職個人の財産なのかが明確に判別できなくなってしまう危険があります。

したがって、寺院に帰属する金銭については、原則として宗教法人名義の口座で管理し、住職個人の口座とは明確に分離しておくことが極めて重要です。

4 財産を混在させることの問題点

寺院財産と住職個人財産を混在させて管理している場合といえども、平時においては特段の問題が生じないことも少なくありません。

問題が具体的に表面化するのは、住職の死亡、交代、寺院内部の対立、税務調査など、それまでの財産関係を対外的な第三者に説明しなければならなくなった場面です。

例えば、住職個人名義の口座に寺院の収入と住職個人の収入が混在していれば、住職が死亡した際、その預金について相続人から「住職個人の相続財産である」と主張される可能性があります。反対に、寺院側からは「寺院の財産である」と主張することになります。この場合、過去の入出金履歴等をすべて遡って、その金銭の帰属を逐一明らかにしなければならなくなることがあります。

また、住職が交代する際にも、寺院財産と個人財産が分離されていなければ、後任住職への財産の引継ぎが困難となり、前住職又はその家族との間で紛争になる可能性があります。

さらに、寺院の金銭から住職個人やその家族のための支出が行われている場合、その内容や金額によっては、税務・会計上の問題が生じるだけでなく、責任役員や檀信徒等から寺院財産を私的に使用しているのではないかとの疑念を持たれ、寺院内部の紛争へ発展することも考えられます。

事案によっては、住職による寺院財産の管理方法について、宗教法人に対する損害賠償責任その他の法的責任が問題となる場合もあります。

このように、財産の分別管理は単なる経理上の問題ではありません。寺院財産の帰属を明確にし、住職自身やその家族を将来の紛争から守るためにも重要なものといえます。

5 住職の生活費

もっとも、寺院の財産から住職に対して一切金銭を支払ってはいけないということではありません。

住職は寺院において宗教活動や法人運営を担っていますから、その活動に対して寺院から代表役員としての報酬その他適切な形で金銭の支給を受けることは考えられます。

重要なのは「寺院のお金だから住職が自由に使ってよい」という関係にはないということです。

住職個人又はその家族の生活のために支出するのであれば、寺院の会計上もその法的性質を明確にしておく必要があります。

寺院の口座から日常的に住職一家の生活費を直接支払い、寺院の支出なのか住職個人の支出なのか分からない状態にしておくことは避けなければなりません。

6 住職個人による寺院への支出

反対に、住職個人が寺院のために多額の金銭を支出するケースにも注意が必要です。

例えば、本堂の修繕費として住職が個人財産から1000万円を支出したとします。

この1000万円について、

・寺院に対する「寄附」なのか

・寺院への「貸付け」なのか

・一時的な「立替払い」なのか

を明確にしないまま年月が経過すると、後日問題となることがあります。

特に住職が死亡した場合、相続人から「父が寺院に1000万円を貸していたので返してほしい」との請求を受ける可能性があります。

これに対して寺院側は「先代住職から寺院への寄付だった」と考えているかもしれません。

このような紛争を避けるためにも、住職個人が寺院のために多額の支出をする場合には、その金銭が寄付なのか、貸付けなのか、立替えなのかを、その時点で借用書などの書面や会計処理によって明確にしておくことが重要です。

なお、住職が宗教法人の代表役員であり、住職個人が宗教法人に金銭を貸し付ける場合など、住職個人と宗教法人との利益が相反する取引についてはさらに注意が必要です。宗教法人法第21条第1項は、このような場合には代表役員が代表権を有しないものとし、寺院規則に従って仮代表役員を選任することを求めています。そのため、住職個人が寺院のために多額の金銭を支出する場合においては、寺院規則を確認した上で適切な手続を採る必要があります。

7 庫裏と寺族

寺院特有の問題として、庫裏などの寺院所有建物に住職とその家族が居住しているケースがあります。

住職が在任している間は問題にならなくても、住職が退任又は死亡した場合には「その家族は引き続き庫裏に住むことができるのか」という問題が生じることがあります。

庫裏が宗教法人の所有であり、住職個人の相続財産ではない以上、住職の家族が当然にこれを相続することはできません。

もっとも、寺族がどのような権原に基づいて居住していたのか、住職退任後の居住について寺院との間でどのような合意があったのかなどによって、その法律関係は異なります。

特に住職交代をめぐって寺院内部で紛争が生じた場合には、住職の地位をめぐる問題と庫裏の明渡しをめぐる問題とが同時に発生することもあります。

そのため、寺院所有建物に寺族が居住している場合には、住職退任後や死亡後の取扱いについてもあらかじめ検討しておくことが望ましいところです。

8 住職死亡時の相続

寺院財産と住職個人財産の区別が最も問題になりやすい場面の一つが、住職の死亡時です。

住職が死亡すれば、住職個人の財産については相続が開始します。

しかし、宗教法人の土地・建物・預貯金その他の財産は、住職が管理していたとしても、宗教法人に帰属する財産である以上、住職個人の相続財産には含まれません。

問題になるのは、長年にわたり両者を混在させていた場合です。例えば、住職個人名義の預金口座に寺院収入と個人収入の双方が入金されていた場合、その口座が相続手続によって凍結されれば、寺院の運営資金まで事実上使用できなくなるおそれがあります。

また、相続人がその預金を住職個人の財産として相続した場合には、寺院側が寺院財産であることを主張して返還を求めなければならなくなることも考えられます。

このような問題は、住職が存命中であれば容易に説明できたとしても、本人が死亡してしまえば、残された帳簿、通帳、領収書その他の資料によって立証しなければならなくなります。

その意味でも、財産の分別管理は、将来の寺院承継や相続紛争を防止するための重要な法務上の問題といえます。

9 本件ケースにおける対応

寺院では、住職一家の生活と寺院運営が密接に結び付いているため、宗教法人の財産と住職個人の財産とが事実上混在してしまうことがあります。

しかし、宗教法人と住職個人とは法律上別個の権利主体ですから、その財産についても明確に区別して管理することが原則です。

具体的には、寺院の預貯金については宗教法人名義の口座で管理し、住職個人の口座とは分離するとともに、住職に対する役員報酬その他の支給についても、その性質を明確にしておくことが重要です。

また、住職個人が寺院の修繕費その他の費用を負担する場合には、それが寄附、貸付け、立替えのいずれであるのかを書面等によって明確にしておくべきでしょう。

特に、住職の交代や死亡が生じてから過去の財産関係を整理しようとしても、当時の事情を知る関係者がいなくなっていたり、資料が残されていなかったりすることがあります。

寺院財産と住職個人財産の区別は、寺院内部では「昔からこのようにしている」として問題視されにくい分野ですが、住職交代、相続、税務調査、寺院内部紛争等が発生した際には、財産の帰属、税務処理、引継ぎ、相続人との関係、さらには住職自身の責任にまで発展し得る重大な問題です。

そのため、平時の段階から、寺院の財産関係、預貯金、住職への支給、寺族の居住関係、住職個人から寺院への貸付け・寄付等を整理しておくことが重要です。

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