不活動宗教法人の売買

Q 当寺では、住職の高齢化や後継者不足、檀信徒の減少等により、今後、寺院として宗教活動を継続していくことが難しくなっています。そのような中、「宗教法人は税制上のメリットがあるので、法人格を買いたいという人がいる。代表役員を交代させれば数千万円で譲渡できる」との話を持ちかけられました。 インターネット上でも「宗教法人M&A」、「宗教法人売買」、「宗教法人譲渡」などの広告を見かけますが、そもそも宗教法人を会社のように売買することはできるのでしょうか。また、寺院として宗教活動を継続することが困難になった場合には、どのように対応すべきでしょうか。

1 不活動宗教法人を巡る問題

 少子高齢化、過疎化、後継者不足、檀信徒・氏子の減少などにより、宗教法人として設立されたものの、事実上宗教活動を行わなくなり、法人格だけが残っている宗教法人が存在します。このような法人は一般的に「不活動宗教法人」と呼ばれています。

 文化庁も、不活動宗教法人について、宗教法人として設立されながら事実上宗教活動を停止し、法人格のみが残存している法人と説明しており、令和6年12月31日時点では、全国で5019法人が不活動宗教法人として把握されています。

 不活動宗教法人をそのまま放置すると、第三者が宗教法人格を取得し、脱税、犯罪収益の移転、マネー・ロンダリング等の違法行為に利用する危険があることが以前から指摘されています。文化庁も近年、不活動宗教法人の整理及び宗教法人格の不正利用防止に向けた取組みを強化しています。

 したがって、宗教活動の継続が困難となった寺院にとって「法人格をどう処理するか」という問題は、単なる後継者問題ではなく、宗教法人法上の重要な問題となっています。

2 「宗教法人の売買」とは

 宗教法人には、株式会社における株式や持分会社における持分のように、法人そのものの支配権を表章し、自由に譲渡できる権利は存在しません。

 したがって、厳密な意味で、宗教法人それ自体を対象として所有権を移転する「売買」が行われるわけではありません。

 現在問題となっている、いわゆる「宗教法人の売買」は、実質的には金銭その他の財産上の利益を支払うことと引換えに、代表役員その他宗教法人の運営に実質的な影響を及ぼす地位を取得し、事実上その宗教法人を支配するという取引です。文化庁も、「宗教法人の売買に類似した行為」について、主として節税や税制優遇等への活用をうたい、代表役員その他法人運営に深い影響を及ぼす地位を寄付その他の財産上の利益を与えることによって取得する取引と説明しています。

 したがって、例えば「宗教法人を2000万円で売る」という場合でも、法律上、宗教法人そのものの所有権が2000万円で移転するわけではなく、実際には代表役員等の地位の変更、役員の入替え、場合によっては規則変更等を組み合わせて、法人の実質的な支配権を第三者に移そうとしていることになります。

3 宗教法人法の目的

 このような取引を考えるに当たって最も重要なのが、宗教法人とは何のために法人格を与えられた存在なのかという点です。

 宗教法人法第1条は、宗教団体が礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その目的達成のための業務及び事業を運営することに資するため、宗教団体に法律上の能力を与えることを目的としています。また、同法第4条により、宗教法人法上の法人格を取得できるのは「宗教団体」に限られています。

 つまり、宗教法人格は、宗教活動とは無関係な第三者に対して、節税その他の経済的メリットを得るための法人格として提供されているものではありません。

 文化庁も、元来の宗教活動を継続・継承する意思のない第三者が宗教法人格を取得し宗教活動以外の目的に利用することは宗教法人法がそもそも想定しておらず、同法の目的に合致しないとの立場を明確にしています。

 したがって、「税金が安くなるから宗教法人を買いたい」、「収益事業に利用したい」といった目的で、宗教活動を行う意思のない第三者へ宗教法人の実質的な支配権を移すことは、宗教法人法の制度趣旨と正面から抵触することになります。

4 代表役員の交代

 宗教法人の売買を持ちかける事業者、ブローカーなどからは、「法人自体を売るのではなく、代表役員を交代するだけなので法律上問題はない」と説明される場合があります。

 しかし、代表役員の地位を単なる法人支配権として自由に売買できるわけではありません。

 宗教法人の代表役員及び責任役員については、それぞれの宗教法人の規則に従って選任又は充当等が行われなければなりません。被包括宗教法人の場合には、寺院規則だけではなく、宗派の宗制・宗規等に基づく住職任免その他の手続が関係する場合もあります。

 したがって、第三者から金銭を受け取り、その対価として代表役員の地位を取得させようとしても、そのことだけで当該第三者が適法に代表役員となるわけではありません。

 責任役員会議事録その他の書類を形式的に整えれば足りるものでもなく、当該法人の規則その他の関係規程に基づいて実体的に適法な手続が行われている必要があります。

 特に、宗教活動を行う意思のない者に法人格を取得させることを目的として、実態と異なる役員選任手続を作出したり、虚偽の内容を含む議事録、登記申請書その他の書類を作成した場合には、宗教法人法上の問題にとどまらず、個別の行為に応じて別途民事上・刑事上の問題が生じる可能性があります。

5 売買自体を直接禁止する規定があるわけではない

 もっとも、宗教法人法には、「宗教法人を売買してはならない」との規定や「宗教法人を売買した者を処罰する」との規定が定められているわけではありません。

 問題となるのは、前述したように、宗教法人にはそもそも株式会社の株式のような売買対象が存在しないこと、代表役員等の地位の変更は規則等に従って行わなければならないこと、そして、宗教活動を継続・承継する意思のない第三者が宗教法人格を取得して宗教活動以外の目的に利用することが宗教法人法の目的に反するという点です。

 したがって、ある取引について「宗教法人M&A」という名称が付いているからといって直ちに特定の犯罪が成立するというものではありませんが、その実態が、金銭と引換えに宗教法人格を取得させ、脱税、マネー・ロンダリングその他の違法行為への利用を可能にするものであるならば、それは極めて重大な問題となります。

 文化庁も令和5年10月、インターネット事業者に対し、このような売買に類似した取引について、宗教法人を悪用した違法行為を助長するおそれがあるとして注意喚起を行っています。

6 弁護士等への注意喚起

 さらに文化庁は、令和7年8月、日本弁護士連合会に対しても、宗教法人の売買に類似した取引に関する注意喚起を行っています。

 この通知では、宗教法人の代表役員等の地位変更に関する依頼や相談を弁護士が受けた場合、単に必要な議事録や登記書類を作成すればよいのではなく、「当該変更がその宗教法人の元来の宗教活動の継続を目的としたものであるか」という点に留意するよう求めています。

 文化庁は現在、弁護士だけでなく、司法書士、行政書士、税理士、M&A支援事業者、宅地建物取引業者等に対しても同様の注意喚起を行っています。

 これは、宗教法人の「売買」が、単なる寺院内部だけの問題ではなく、宗教法人格の不正利用を防止するための行政上の喫緊かつ重要な課題となっていることを示しています。

7 適法な事業承継との違い

 もっとも、住職の高齢化や後継者不足により、他の宗教者や宗教法人に寺院の活動を承継してもらうことまで否定されるものではありません。

 重要なのは、「宗教法人格そのものを経済的価値のある商品として売却すること」と、「従来の宗教活動を適切に継続・承継すること」とを区別することです。

 例えば、後継住職を適法に選任し、その者が従前の宗教活動を承継することは、通常の宗教法人の承継です。また、単独で宗教活動を継続することが困難となった宗教法人が、宗教活動を継続するために他の宗教法人と宗教法人法所定の手続に従って合併することも制度上予定されている問題のない手続です。

 これに対し、宗教活動を行う意思のない第三者が、「宗教法人なら税制上有利だから」という理由で金銭を支払い、代表役員等の地位を取得することは、これらとは全く性質が異なります。

 したがって、寺院の後継者を探す場合にも、相手方がどのような宗教活動を行ってきた者なのか、当該寺院の宗旨・宗派や宗教活動をどのように承継する予定なのか、単に法人格や税制上のメリットを取得することが目的となっていないかなどを慎重に吟味確認する必要があります。

8 活動継続が困難となった場合

 宗教活動を継続することが困難になった場合において、寺院として「せっかく残っている法人格なのだから、誰かに売却してお金に変えた方が得だろう」等と安易に考えるべきではありません。

 文化庁は、不活動宗教法人について、状況に応じて、

① 活動の再開

② 他の宗教法人との合併

③ 任意解散

④ 裁判所への解散命令の請求

といった方法によって整理を進めています。

 また、宗教法人法第81条第1項第2号は、宗教団体の目的のための行為を1年以上行わないことを解散命令事由の一つとしています。このほか、やむを得ない事由がないにもかかわらず礼拝施設が滅失後2年以上備えられていない場合や、1年以上にわたって代表役員及びその代務者を欠く場合等も解散命令事由とされています。

 したがって、寺院として将来の活動継続が困難であることが明らかになった場合には、法人としての意思決定ができなくなるまで放置するのではなく、早い段階で後継者の確保、合併、任意解散等について検討していくことが重要です。

 文化庁も、宗教法人としての意思決定ができなくなる前に、所轄庁や包括宗教法人へ相談するよう呼び掛けています。

9 売却を持ちかけられた場合の注意点

 寺院に対して宗教法人の買受けを希望する者やブローカーなど仲介業者から接触があった場合には、提示された目先の金額だけを見て判断してはなりません。

 特に、「代表役員だけ変更すればよい」、「宗教活動は行わなくても構わない」、「宗教法人なので税金がかからない」、「不動産事業や投資事業に使える」といった説明がされている場合には、十分な注意が必要です。

 相手方が宗教法人格の取得自体を目的としている場合、法人を引き渡した後に脱税やマネー・ロンダリングその他の違法行為に利用されれば、寺院の名称や歴史が不正利用に結び付けられ、旧代表役員や責任役員、包括宗教団体その他の関係者まで事実関係の説明を求められる可能性があります。

 また、宗教法人には寺院名、境内地・境内建物、預貯金、墓地、寺宝その他の財産、檀信徒との関係等が存在するため、代表役員の交代という形式だけで処理できる問題ではありません。

 宗教法人格の不正利用は、当該寺院だけでなく、宗教法人制度そのものへの社会的信頼を損なう問題であることを踏まえ、慎重に対応する必要があります。

10 本件ケースにおける対応

 本件では、寺院の宗教活動の継続が困難となっているところに「宗教法人を数千万円で譲渡できる」との提案を受けています。

 まず確認すべきなのは、相手方が従来の宗教活動を真に継続・承継する意思を有しているのか、それとも宗教法人格の取得や税制上のメリットを目的としているのかという点です。

 後者であれば、金銭と引換えに代表役員その他の法人支配に関わる地位を取得させることは、文化庁が強く問題視している「宗教法人の売買に類似した取引」に該当することが考えられます。文化庁は、このような取引が脱税やマネー・ロンダリング等の違法行為につながるおそれがあり、元来の宗教活動を継続・承継する意思のない第三者による法人格取得は宗教法人法の目的に合致しないとの考えを明確にしています。

 したがって、宗教活動の継続が困難だからといって、安易に「宗教法人格の売却」という方法を選択すべきではありません。

 寺院としては、まず、後継者を確保して宗教活動を継続できるのか、他の宗教法人との適法な合併によって宗教活動を承継できるのか、それとも任意解散を行うべきなのかを検討する必要があります。

 特に、役員の高齢化や死亡によって責任役員会その他の機関による意思決定そのものができなくなれば、任意の整理も困難になります。後継者不足や檀信徒の減少等により将来の活動継続に不安がある寺院では、「いよいよ活動できなくなってから考える」のではなく、法人として正常に意思決定できる段階から将来の処理方針を検討しておくことが重要です。

 なお、文化庁は現在「宗教法人格の不正利用について」と題する専用の相談窓口を設け、宗教法人の売買・M&Aをうたう取引について注意喚起するとともに、不活動宗教法人対策マニュアル等を公表しています。寺院としても、この問題について提案を受けた場合には、まずこれらの行政資料を確認し、所轄庁、包括宗教団体及び寺社法務に精通した専門家へ相談した上で慎重に対応することが望ましいでしょう。

 不活動宗教法人の整理、宗教法人の承継・合併・解散、代表役員の変更、宗教法人格の不正利用その他寺社運営に関する法律問題については、弁護士法人 永 総合法律事務所にて迅速かつ適切なアドバイスを申し上げることが可能ですので、いつでもお気軽にご相談ください。

                                   

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