Q 当寺では、住職のほかに複数の僧侶が勤務しています。僧侶についても一般企業の従業員と同じように労働基準法が適用されるのでしょうか。

目次
1 僧侶であっても労働基準法が適用される場合がある
寺院で働く僧侶について「僧侶は宗教者なのだから労働基準法は適用されない」と考えられることがあります。
しかし、僧侶であるという理由だけで、当然に労働基準法の適用が排除されるわけではありません。
労働基準法上の「労働者」に該当するかどうかは、その者の肩書や宗教上の身分だけではなく、実際にどのような関係で寺院に勤務しているのかによって判断されます。
したがって、僧侶が寺院との間の労働契約に基づき、寺院側の指揮命令を受けて労務を提供し、その対価として賃金を受けているような場合には、労働基準法上の「労働者」に該当する可能性があります。
一方、宗教上の修行や奉仕として活動している僧侶については、一般の従業員とは異なり、労働基準法上の労働者に該当しない場合があります。
寺院では、この「宗教活動・修行」と「労働」の境界が問題となることが少なくありません。
2 昭和27年2月5日付旧労働省通達
寺院その他の宗教団体に勤務する者について労働基準法がどのように適用されるかについては、昭和27年2月5日付「宗教法人又は宗教団体の事業又は事務所に対する労働基準法の適用について」という旧労働省の行政通達が重要な判断資料となります。
同通達は、宗教法人又は宗教団体についても、労働者を使用して事業を行っている場合には、原則として労働基準法の適用があることを前提としています。
その一方で、宗教団体には、一般企業とは異なり、信仰、布教、修行、奉仕等を目的として活動する者が存在します。そのため、寺院にいるすべての僧侶や関係者を一律に労働者として扱うのではなく、その活動の実態に応じて判断する必要があるとされています。
この通達は昭和27年に出された古いものですが、寺院に勤務する僧侶等の労働者性を考える上で現在でも重要な資料となっています。
3 宗教上の儀式・布教・修行・奉仕
上記旧労働省通達では、宗教上の儀式や布教等に従事する者、教師・僧職等で修行中の者、信者であって給与を受けずに奉仕する者などについては、労働基準法上の労働者には該当しないものとして整理されています。
例えば、僧侶が寺院に住み込み、宗教上の修行の一環として読経、清掃、法要の補助等を行っている場合があります。このような活動は、外形的には寺院のために一定の作業をしているように見えても、その本質が宗教上の修行や奉仕にあるのであれば、一般企業における雇用契約に基づく労務提供とは性質が異なります。
また、檀信徒や信者が寺院の行事を無償で手伝ったからといって、通常それだけで寺院との間に労働契約が成立するものでもありません。
宗教法人には、営利企業には見られない宗教的な修行・奉仕という活動形態が存在します。この点を無視して寺院で何らかの作業をしている者をすべて労働者として扱うことも適切ではありません。
4 給与を支払っていれば必ず労働者になるのか
反対に、僧侶に毎月金銭を支払っている場合には直ちに労働者となるのでしょうか。
上記旧労働省通達は、一般企業の労働者と同様に、労働契約に基づいて労務を提供し、賃金を受けている者については、労働基準法上の労働者となるとの考え方を示しています。
例えば、寺院が僧侶を採用し、勤務日や勤務時間を定め、住職等の指示に従って寺務、受付、法要の準備、清掃その他の業務に従事させ、その対価として毎月一定額を支払っている場合には、僧侶という宗教上の身分を有していても労働者と判断される可能性があります。
もっとも、金銭が支給されているという事実だけで労働者性が決まるものでもありません。修行僧等について、寺院から食費、住居費、生活費等に相当する一定の金銭が支給されていたとしても、それが労務提供の対価としての「賃金」ではなく、宗教上の修行生活を維持するための給付と評価されることも考えられます。
したがって、「給与という名称で支払っているから労働者である」、「お布施や生活費という名称だから労働者ではない」といった形式的な判断ではなく、これら金銭給付の実態を確認する必要があります。
5 僧侶の「労働者性」は実態によって判断される
寺院の労務管理で特に重要なのは、「僧侶」、「修行僧」、「寺務員」、「奉仕者」などの名称だけで判断しないことです。
例えば、形式上は「修行中の僧侶」とされていたとしても、毎日決められた時刻までに出勤することを求められ、寺院から日々具体的な業務指示を受け、勤務時間や休日も寺院側が決定し、その対価として毎月一定額が支払われているのであれば、実態として労働者と評価される可能性があります。
労働者性を検討する際には、寺院から具体的な指揮命令を受けているか、勤務する時間や場所が拘束されているか、行っている活動が宗教上の修行・奉仕なのか通常の労務提供なのか、支給される金銭が労務提供の対価といえるかなど、様々な事情を総合的に検討する必要があります。
寺院においては、同じ僧侶であっても、純粋な修行者に近い者もいれば、一般の従業員とほぼ同様の勤務形態にある者もいます。そのため、「僧侶」という一つのカテゴリーだけで労働法上の取扱いを決めることはできません。
6 宗教上の師弟関係と労働契約は別の問題
寺院における僧侶の労務問題を難しくしているのが、宗教上の師弟関係と労働契約上の使用者・被用者の関係とが重なっている場合があることです。
例えば、住職と若い僧侶との間には、宗教上、師僧と弟子としての関係が存在することがあります。そのような関係では、日常生活や宗教上の修行について住職から様々な指導が行われることがあります。
しかし、宗教上の指導を受けていることと労働法上の指揮命令を受けていることとは必ずしも同じではありません。
反対に、宗教上は師弟関係にあったとしても、その僧侶が寺院の職員として一定の勤務時間に従い、業務命令を受け、その対価として賃金を得ているのであれば、宗教上の師弟関係が存在することを理由として労働法の適用を当然に排除することもできません。
寺院における僧侶の労働者性を検討する際には、「宗教上どのような関係にあるか」と「法律上どのような労務提供関係にあるか」を分けて考えることが重要です。
7 労働者に該当する場合に寺院が負う義務
僧侶が労働基準法上の労働者に該当する場合には、寺院も使用者として労働関係法令を遵守する必要があります。
具体的には、労働条件の明示、労働時間・休憩・休日の管理、時間外労働、割増賃金、年次有給休暇その他の労働基準法上の規律が問題となります。
したがって、「寺院だから一般企業とは違う」、「僧侶だから残業代という概念はない」といった理由だけで、労働基準法上の義務を排除することはできません。
また、業務中の事故や業務に起因する疾病等が発生した場合には、労働災害の問題も生じます。その際にも当該僧侶が労働者に該当するかどうかが重要な問題となります。
僧侶が労働者であるにもかかわらず、寺院側が「宗教上の奉仕である」と理解して労働時間を全く管理していなかったような場合には、後になって未払賃金その他の労務紛争に発展するリスクがあります。
8 寺院として平時から整理しておくべきこと
複数の僧侶や寺院職員が勤務している寺院では、それぞれの者について、どのような法的関係で寺院に勤務しているのかを平時から整理しておくことが重要です。
特に、毎月一定額を支給している、勤務日や勤務時間を定めている、寺院側が担当業務を具体的に指示している、休日や休暇を寺院側が管理しているといった場合には、労働者性が認められる可能性を十分に検討する必要があります。
労働者に該当すると考えられる場合には、雇用契約書や労働条件通知書を整備し、就業規則、労働時間管理、残業代、休日・休暇、社会保険・労働保険等についても適切に対応しておく必要があります。
反対に、宗教上の修行や奉仕として活動している者についても、その関係を曖昧なままにするのではなく、修行の内容、生活費等の支給の趣旨、活動期間等について一定の整理をしておくことが、後日の紛争を防止する上で有用です。
9 本件ケースにおける対応
本件では、複数の僧侶について「僧侶であるから労働基準法の適用はない」と一律に判断することはできません。
それぞれの僧侶について、寺院との間でどのような合意がされているのか、勤務日・勤務時間が定められているのか、住職その他寺院側から具体的な業務指示を受けているのか、寺院から支給されている金銭が労務提供の対価であるのか、宗教上の修行・奉仕としての活動が中心なのかなどを個別に確認する必要があります。
その結果、実態として寺院の指揮命令を受けて勤務し、その対価として賃金を受けているのであれば、僧侶であっても労働基準法上の労働者として取り扱う必要があります。
一方、宗教上の修行や無償の奉仕を中心とする者については、当然に労働者となるものではありません。
寺院における僧侶の労務問題では、「宗教者か労働者か」という二者択一で形式的に判断するのではなく、宗教上の関係と労働法上の関係を区別しながら、実際の勤務実態を個別に検討することが重要です。
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