お寺のうつ病と労災認定

Q 私のお寺に勤める僧侶から「最近の業務が多忙すぎたので、うつ病を発症してしまった。」と言われました。このような場合は労働災害として扱われるのでしょうか。また、お寺としてどのように対応する必要があるのか教えてください。

A うつ病を含む精神疾患が労働災害にあたるのかについては、一定の基準に照らして判断されることになりますが、長時間労働は場合によってその原因に一つになり得ます。

 お寺を含む使用者としては、まず労働者に対し、医師への受診、診断書などの客観的な資料の提出を求めつつ、必要に応じて休職命令などの対応を検討することになります。いずれにせよ、素人判断をするのではなく、医学的見地に基づく対応が重要といえるでしょう。

1 僧侶の労働者性

 一般に「労災」といわれる労働災害についての補償は、「労働災害補償保険法」にその定めがあるところ、同法の保険給付は、「労働者」の業務災害や通勤災害等を対象としています(同法7条1号、3号参照)。そのため、そもそも業務を行っている者が「労働者」といえなければ、労災として保険給付を受けることができません。

 お寺には、さまざまな人員が勤務しているところですが、僧侶には労働者性が認められるのでしょうか。働き方やその内容によるところも大きく、一般的な結論を出すことは難しいといわざるを得ないのですが、行政通達レベルでは、昭和27年2月5日に「宗教法人又は宗教団体の事業又は事務所に対する労働基準法の適応について」という通達が存在します。

 通達によれば、①宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職等で修行中の者、信者であって何等の給与を受けず奉仕する者等は労働基準法上の労働者ではないこと。②一般の企業の労働者と同様に、労働契約に基づき、労務を提供し、賃金を受ける者は、労働基準法上の労働者であること。③宗教上の奉仕乃至修行であるという信念に基づいて一般の労働者と同様の勤務に服し賃金を受けている者については、具体的な労働条件就中給与の額、支給方法等を一般企業のそれと比較し、個々の事例について、実情に即して判断されたいこととされているところ、「何らの給与を受けず奉仕するもの」、「労務を提供し、賃金を受ける」という点からすると、僧侶であっても、完全な無償奉仕ではなく、行動や労務の提供に対価が伴う限り、労働者性は否定されないように思われます。

2 うつ病発症と労災認定

 本件のような場合、うつ病の発症は労災と認定されるでしょうか。精神疾患の場合については、厚生労働省が「精神障害の労災認定」などのパンフレット等で基準を公開していることが参考となります。厚生労働省の基準によれば、精神疾患を労災として認定するにあたっては、①認定基準となる精神疾患(統合失調症やうつ病など)を発病していること、②認定基準となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないことの三要件を明らかにしています。

 ①は医師の診断書などからその存在を確認しますが、病名があれば必ず認められるわけではないことには注意が必要です。②の業務による強い心理的負荷には様々なものが想定されますが、例えば職場でのいじめ、パワハラ、セクハラなどのように、明らかな問題行動の被害者になるなどのようなものもありますが、発病前一定期間の長時間労働なども例示されており、使用者においては、労働時間の管理が非常に重要であることを指摘できます。③では、精神疾患の既往歴、アルコール依存の有無、離婚や私傷病など業務以外の心理的負荷の有無などを総合的に考慮されることになります。

3 お寺にて取り得るうつ病対策

 お寺を含め、使用者においては、うつ病などの精神疾患を予防できるよう、労働環境の整備に努めることが重要です。うつ病の発症要因としてのハラスメントや長時間労働を取り除くためには、適切な労働環境が必須であるといえます。これに加え、労働者のストレスチェックなどを行うことも効果的であるといえます。なお、使用者は、常時使用する労働者に対して1年以内毎に一回、定期に心理的な負担を把握するための検査を行わなければならない(労働安全衛生法66条の10、同規則52条の9)ともされています(従業員が50名未満の場合は当面の間は努力義務となります。)。

 万が一、うつ病を発症したとする労働者がいる場合、速やかに医師の判断を仰ぐことが必要です。このときには、できるだけ労働者のかかりつけ医のみならず、使用者側の産業医の意見なども広く聴取し、適切な対応を検討すべきです。その上で、勤務によって病状の更なる悪化を防ぐため、休職命令などを検討することになります。これらの対応を怠り、病状の悪化などが認められると、安全配慮義務違反などを理由として、損害賠償等の責任を追及されかねません。うつ病が労災にあたるか否かという観点での対応はもちろんのこと、当該労働者自身に対する適切な対応も同時に求められていることに留意が必要です。

4 小括

 うつ病をはじめとする精神疾患については、労働者に対する慎重な対応と配慮が求められます。これらの対応は医学的見地に基づくものであるとともに、法的な紛争に発展するものとならないよう留意しなければならず、その対応については、早期に専門家のバックアップを求めることが大切です。

 うつ病などの精神疾患に関する労災認定、職場トラブルの具体的な解決については、弊所にて弁護士による迅速かつ適切なアドバイスを申し上げることが可能ですので、いつでもお気軽にご相談ください。

03-3519-3880 メールでのご相談はこちら