お寺における労働災害

Q 従業員が勤務中に負傷してしまいました。こういう負傷は、労災になるのでしょうか。具体的には、どのような制度になるでしょうか。

A 労働者の負傷については、業務遂行性と業務起因性が認められるものを業務災害として労災保険給付の対象となります。また、労災保険では、通勤災害についても保険給付の対象となります。使用者は、労災補償を行った場合について、同一事由のものであれば、当該補償の価額の限度で保証の責めを免れることになります(ただし、当該金額を超える損害や慰謝料など労災保険でカバー出来ない損害については、引続き民事法上の損害賠償の責任を負います。)。なお、寺院に務める従業員以外として、そもそも僧侶は労災補償を受ける「労働者」に当たるかという議論がありますが、本稿では割愛します。

1.労働災害とは

 労災保険で補償の対象となる事由は、業務災害と通勤災害の2つを指します。一般に「労災」といわれるものは、上記のうち、業務災害を主に指して用いられているように思われます。

 業務災害は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます。)7条1項1号において、「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」と定義されており、業務上の危険が現実化したような場合についてこれを補償する制度になります。何をもって「業務上」の災害といえるかについては、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つの指標から判断します。ここでいう「業務遂行性」とは、直接的な業務に限らず、広く事業主の支配下置かれている場合の危険が現実化したものといえるかを検証します。「業務起因性」とは、業務遂行性が認められるような災害について、かかる業務の遂行中を理由として、当該災害が生じたといえるか、言い換えれば、その他の異常原因(自然災害、労働者の逸脱行為など)がなかったのかを検証するものです。

 「通勤災害」(労災保険法7条1項3号)とは、「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」を指し、通勤は、狭義の通勤(住居と就業場所の往復)に限られず、就業場所から他の就業場所への移動なども含まれます(労災保険法7条2項)。また、途中で通勤経路を逸脱、中断するような場合であっても、その移動が日用品の購入や親族の介護等、一定の合理的理由がある場合で必要最低限のものである場合には、かかる所用をこなしている時間を除き、通勤災害として補償対象になります(労災保険法7条3項)。

 

2.保険給付の内容

 業務災害が認定された場合、以下の給付を受けられる可能性があります。

 ①療養補償給付

 ②休業補償給付

 ③障害補償給付

 ④遺族補償給付

 ⑤葬祭料

 ⑥傷害補償年金

 ⑦介護補償給付

 

 通勤災害の場合は、業務災害の場合と名目は異なりますが、以下のとおり、概ね業務災害と同様の給付を受けられる可能性があります。

 ①療養給付

 ②休業給付

 ③障害給付

 ④遺族給付

 ⑤葬祭給付

 ⑥傷病年金

 ⑦介護給付

 

3.労災保険と損害賠償

 労災保険は、上記の保険給付などを目的としたものであり、宗教事業者であっても、労働者(パート、アルバイトを含む)を一人でも雇用しているのであれば、加入する義務があります。万が一届け出を怠り、保険料を納めていない場合には、保険料の追徴を受けることになる上、故意や重大な過失認められる場合は、保険給付の費用の一部(40%)又は全部を事業者負担として徴収されるおそれがあるため、注意が必要です。

 また、労働災害が生じるような場面では、使用者に法的責任が認定される場合があります。例えば、従前から業務上の災害が生じる危険を指摘されていながらこれを無視したり、長時間労働が続いているにもかかわらず、健康に配慮する措置などを怠るなどした場合、使用者が労働者に対して負っている安全配慮義務に違反したとして、債務不履行責任を追及されるおそれがあります。また、そのような労務管理をもって不法行為責任として構成した上で損害賠償請求を受ける可能性もあり得ます。

 上記のような場合について、使用者は、労災補償を行った場合に、その補償価額の限度で民法上の損害賠償責任を免れることになります。しかし、労災補償をもってしてもカバーできない損害(慰謝料など)が生じたときや、労災補償の金額が不十分な場合には、使用者はなお、労働者に対して損害を賠償する責任を負うことになります。労災補償が行われたことをもって、当然にすべての責めを免れることにはならないため、注意が必要です。

 

4.小括

 上記のとおり、労働災害が生じる場面は、使用者にとっても損害賠償責任を負担する可能性がある点で、労災保険の知識にとどまらない検討が必要になります。

 

 弊所では、弁護士が専門的見地に基づき、当該事案に応じた具体的なアドバイスを行うことが可能です。ぜひお気軽にご相談ください。

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