Q 最近、弊寺のエリアではインバウンドも含め観光客がどんどん増えてきており、弊寺としても「宿坊」を始めてみようと思っています。とはいえ宿坊営業を開始するためには許可や規制など色々な手続が難しいイメージがあります。具体的にどのような規制があって、どのような手続を経れば良いのでしょうか?
1 「宿坊」とは?
「宿坊」とは、主に寺院や神社などで僧侶や檀家、氏子、参拝者らのために作られた宿泊施設のことをいいます。
本来は遠方からくる寺社の僧侶や参拝者のために特化した宿泊設備のことを指していましたが、昨今では、国内だけではなくインバウンドその他海外からの観光客による寺社観光ブームを受けて、一般観光客に向けて積極的に宿泊を受け入れる寺社も増加してきています。
多くの宿坊では宿泊者に対して精進料理を提供するとともに、朝のお勤めとしての住職の講話や断食体験、坐禅(座禅)体験なども行っており、一般的なホテルなどと比べて安価な宿泊料金でこのような寺社文化の体験ができることから、老若男女を問わず宿坊の人気は年々高まってきています。
2 宿坊の際の法的規制
寺社において観光客向けに宿坊を始めるにあたっては様々な規制への対応をクリアしなければなりませんが、大きく① 旅館業許可の取得(旅館業法)、② 消防設備の設置確認(消防法)、③営業設備の設置(建築基準法)の3つの法規制への対応が主として必要となります。
(1) 旅館業許可の取得(旅館業法)
観光客を対象に宿坊を始めるには一般的には旅館業法が適用されることになります。そのため寺社としては旅館業の許可を取得する必要があります。
これに関し、法人税法の基本通達は「旅館業の範囲」として「宗教法人が宿泊施設を有し、信者又は参詣人を宿泊させて宿泊料を受けるような行為も、15-1-42に該当するものを除き、旅館業に該当する」と明記しており(基本通達・法人税法第15-1-39)、これとの関連において、宿坊についても旅館業に該当するとされています。なお、基本通達15-1-42に該当する場合とは「利用者から受ける宿泊料の額が全ての利用者につき1泊1000円(食事を提供するものについては、2食付きで1500円)以下であること」など低廉な宿泊施設の場合を指しており、この場合は「旅館業」に該当しないとされています。
旅館業に該当し旅館業許可が必要か否かについてはそれぞれの自治体ごとに基準が異なっているため、事前に自治体や保健所への問い合わせ相談が必要となります。
(2) 消防設備の設置確認(消防法)
寺社についてはもともと公共施設としての消防設備の設置が消防法上義務づけられておりますので、これらの設備が備わっている限り、本堂や庫裏など既存の建物を利用して宿坊を運営する場合には特段大きな設備投資は必要ではありません。
他方、既存の建物以外に宿坊のために新たに建物を建てる場合においては、消火設備につきホテル・旅館等と同等の基準が適用されますので、火災報知機や誘導灯その他必要な消防設備の設置が必要となってきます。
具体的にどのような消防設備が必要となるかについては、宿坊としての実際の営業形態、サービス内容等によってそれぞれ異なりますので、事前に管轄の消防署や自治体との協議相談が必要となります。
(3) 営業設備の設置(建築基準法)
最後に、宿坊を運営する場合は、寺社の建物も一般的なホテル・旅館としての建物と同等に扱われますので、これによる建築基準法の規制を受けることになります。
具体的には、用途地域につき、以下のエリア内でなければホテル・旅館は建てられませんので、これと同様に宿坊営業もすることもできません。
・ 第一種住居地域
・ 第二種住居地域
・ 準住居地域
・ 商業地域
・ 近隣商業地域
・ 準工業地域
但し、文化財的価値のある建物については場合によっては建築基準法や条例の適用が除外されるケースもあります。それゆえ、寺社の建物が重要文化財などに該当する場合には宿坊の業務態様によっては上記エリア外であっても宿坊営業をすることができる可能性があります。
3 民泊新法
寺社が宿坊を行うための条件として上記①②③の3つをそれぞれ説明しましたが、①旅館業許可の取得を含め、これらすべての条件を満たすというのはなかなか大変かもしれません。そこで、これら①②③の厳しい条件を満たすことなく、寺社が宿坊を実施するための方法についても併せてご説明しておきます。
それは、2018年に施行された「住宅宿泊事業法」(いわゆる「民泊新法」)を利用して宿坊を運営するという方法です。
この方法を用いれば、旅館業の営業許可等を新たに取得する必要がありませんので、寺社としては比較的スムーズに宿坊をスタートすることができるという点で大きなメリットがあります。
しかしながら、民泊新法における「住宅宿泊事業」については、人を宿泊させる日数として「1年間で180日を超えない」ものと制限されていることに加え、実施する地域によっては自治体が個別に定める条例によりさらに日数その他の諸条件が制限されているのが実態です。
それゆえ、年間180日を超えて宿坊営業をしたいと考えている場合においては、残念ながら民泊新法を使うことができないという点が大きなデメリットです。
4 本件ケースにおける対応
寺社が宿坊を営業するにあたっては、旅館業の許可をはじめとする様々な条件をすべてクリアする必要があります。加えて、寺社の宿坊は一般的な旅館業の営業許可とはまた異なった性質があることから、消防署や保健所、自治体との事前の連携相談は必須となりますので、その段取りも含めて早めに専門家に相談されることを強くお勧めいたします。
宿坊営業にかかる具体的な解決については、弊所にて迅速かつ適切なアドバイスを申し上げることが可能ですので、いつでもお気軽にご相談ください。