Q 長年お付き合いのある高齢の檀信徒から、「遺言書には、財産のことだけでなく、お墓や葬儀、永代供養の希望なども書いておいた方がよいのでしょうか。また、遺言執行者という人も決めておく必要がありますか」と当寺に相談がありました。遺言にはどのような事項を記載しておくべきでしょうか。また、住職として相談を受ける際には、どのような点に注意すればよいでしょうか。

1 遺言に記載する事項
遺言を作成する第一の目的は、遺言者の死亡後における財産関係や身分関係について、その最終意思を実現することにあります。ただし、遺言書に記載した事項のすべてに法律上の効力が認められるわけではありません。遺言によって法的効果を生じさせることができる事項は、民法その他の法律が定める事項に限られ、一般に「遺言事項」と呼ばれます。これに対し、葬儀の方法、家族への感謝、相続人に協力を求める言葉などは、通常、法的拘束力を伴わない「付言事項」と位置付けられます。
したがって、遺言書の作成に当たっては、何を希望するかだけでなく、その希望が遺言事項に当たるか、どのような法律構成と文言によって実現するかを検討する必要があります。とりわけ、財産の取得者、対象財産及び取得割合の記載が不明確であると、遺言の解釈をめぐる紛争が生じ、登記や預貯金の払戻しができないことがあります。遺言者の意図を推測しなければ内容を確定できない表現は避け、相続開始後に第三者が読んでも一義的に理解できる記載とすることが重要です。
2 財産の承継に関する遺言事項
実務上、遺言の中心となるのは、財産の承継に関する事項です。
遺言者は、共同相続人の相続分を法定相続分と異なる割合に定め、又は相続分を定めることを第三者に委託できます(民法第902条)。また、遺産分割の方法を定め、若しくはその指定を第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間、遺産の分割を禁止することができます(同法第908条)。特定の相続人に特定の財産を承継させる場合には、対象財産を特定した上で、その相続人に「相続させる」旨を明確に記載します。
相続人以外の者や法人に財産を無償で与える場合には、遺贈を用います(民法第964条)。受遺者の氏名・住所等を記載し、対象財産を登記事項証明書、口座情報その他の客観的資料に即して特定します。遺産の全部又は一定の割合を与える包括遺贈と特定の財産を個別に与える特定遺贈では、受遺者の法的地位、債務の負担及び放棄の手続が異なるため、単に「財産を譲る」と記載するのではなく、承継させる財産の範囲と法律関係を整理する必要があります。例えば、檀信徒が寺院に財産を遺したい場合も、法人である寺院を受遺者とする遺贈として遺言に定めることができます。公益団体への寄附や信託を予定する場合には、受入条件や手続を事前に確認しておくべきでしょう。
財産を列挙するだけでは、遺言作成後に取得した財産や記載から漏れた財産について遺産分割が必要となることがあります。そのため、個別財産の承継先を定める条項に加え、「前各条に記載した財産を除く一切の財産」を誰に相続させ、又は遺贈するかを定める残余財産条項を置くことも考えられます。また、指定した取得者が遺言者より先に死亡した場合、その者への遺贈等は原則として効力を生じないため(民法第994条1項)、代わりに誰が取得するかを予備的に定めることも検討します。
もっとも、遺言によって特定の者に財産を集中させても、兄弟姉妹以外の一定の相続人には遺留分が保障されています。遺留分とは、一定の法定相続人に保障される相続財産の一定割合のことで、遺留分を侵害する遺言がなされると、受遺者等は相続開始後に遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。これに備え、受遺者等が請求に対応できる資金を有するか、事業用資産や自宅を維持できるかという点も併せて検討しておくと良いでしょう。
3 身分関係その他の遺言事項
遺言では、財産の承継以外にも一定の身分関係等を定めることができます。代表例として、遺言による子の認知(民法第781条2項)、推定相続人の廃除及びその取消し(同法第893条・第894条)、未成年者に対する未成年後見人の指定(同法第839条1項)並びに未成年後見監督人の指定(同法第848条)があります。これらは、単なる希望の表明ではなく、相続開始後に戸籍の届出や家庭裁判所への申立て等を要する事項を含みます。
このほか、祭祀を主宰すべき者(祭祀承継者)を遺言で指定しておくこともできます(民法第897条1項ただし書)。墓石、仏壇、位牌等の祭祀財産は、通常の相続財産とは異なる規律に服するため、相続財産の取得者を定める条項とは区別して記載する必要があります。なお、寺院墓地では、墓石等の祭祀財産の承継とは別に、墓地使用権や寺院との墓地使用関係を誰が承継するかという問題がありますので、墓地使用規則や墓地使用契約等も確認しておく必要があります。遺言者が家族関係や宗教上の事情を踏まえて祭祀承継者を指定する場合には、指定を受ける者の意思もあらかじめ確認しておくことが望ましいでしょう。
4 付言事項の位置付け
付言事項には、相続人間の法的権利義務を直接変動させる効力はありません。例えば、「葬儀は家族だけで行ってほしい」、「○○寺で葬儀や法要をしてほしい」、「遺骨は○○寺の永代供養墓に納骨してほしい」、「兄弟で仲良くしてほしい」と記載しても、その記載だけで相続人や寺院を法的に拘束することは通常できません。葬儀、法要、納骨、永代供養等について具体的な実現を希望する場合には、遺言書に希望を書くことに加え、生前に家族や寺院と協議し、必要な手配をしておくことが重要です。医療や介護に関する希望も、本人の死亡によって効力を生ずる遺言の性質上、遺言書だけに記載することは適切ではなく、別途、事前指示書や任意後見契約等の方法を検討すべきです。
もっとも、付言事項には、遺言内容の理由を説明し、相続人の理解を得るという実務上の役割があります。法定相続分と異なる承継を定める理由、特定の相続人に負担を求める事情、家族への感謝等を節度ある表現で記載することは、紛争の予防に資する場合があります。他方、相続人を非難する記載や、事実関係に争いを生じさせる記載は、かえって対立を深めることがあります。
遺言条項と付言事項を外形上も区別し、法的効果の有無を混同させないことが重要です。
5 遺言執行者の指定と役割
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するため、相続開始後に必要な手続を行う者です。遺言者は、遺言によって一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託できます(民法第1006条)。指定された者には就任を辞退する余地があるため、候補者の承諾を事前に得ておくことが望まれます。遺言執行者が指定されていない場合や、指定された者が就任しないなど遺言執行者がいない場合には、利害関係人の申立てにより、家庭裁判所が選任できます(同法第1010条)。
遺言執行者は、就任を承諾したときは直ちに任務を開始し、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知し(民法第1007条)、相続財産の目録を作成して相続人に交付します(同法第1011条)。また、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(同法第1012条)、遺贈の履行、不動産登記、預貯金に関する手続、受遺者への財産の引渡し等を行います。
もっとも、遺言執行者の権限は、個々の遺言事項を実現するために必要な範囲に限られ、相続人固有の財産を処分する権限はなく、相続債務の弁済も当然にすべて職務となるわけではありません。
遺言執行者がある場合、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず、これに違反する行為は原則として無効です。ただし、事情を知らずに取引関係に入った第三者(善意の第三者)にはその無効を対抗できません(民法第1013条)。そのため、相続人間の対立が見込まれる場合、相続人以外の者に遺贈する場合、又は財産が多い場合等には、遺言執行者を指定する実益が大きいといえます。また、遺言による推定相続人の廃除や子の認知についても遺言執行者による手続が必要となります。
遺言執行者には、相続人や受遺者を指定することもできますが、相続人間の対立が見込まれる事案、事業承継や多数の不動産を含む事案、法的判断を要する事案等では、弁護士等の専門家を指定することが有用です。指定した遺言執行者が就任を辞退したり、遺言者より先に死亡した場合に備えて予備的な執行者を定めたり、遺言執行者報酬の額又は算定方法を遺言に定めたりすることも考えられます。
遺言執行者が任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は家庭裁判所に解任を請求できます。他方、就任後の辞任には、正当な事由と家庭裁判所の許可が必要です(民法第1019条)。
6 本件ケースでの対応
本件のように、檀信徒から遺言の内容について相談を受けた場合、寺院としては、まず財産の承継について法的効力を持たせる「遺言事項」と、葬儀・法要・納骨・永代供養等についての希望である「付言事項」とを区別して説明する必要があります。
財産については、取得者、対象財産及び必要に応じて取得割合を明確にし、記載漏れや取得予定者の先死亡にも備えることが重要です。また、お墓については、祭祀承継者の指定と、寺院との墓地使用関係の承継とを分けて考える必要があります。
葬儀や永代供養等の希望を遺言書に記載しても、それだけで相続人や寺院を法的に拘束できるわけではありません。確実に実現したい内容がある場合には、生前に家族や寺院と協議し、墓地使用規則や永代供養に関する契約内容を確認するなど、遺言とは別の手当ても検討する必要があります。
寺院はこうした制度の一般的な説明を行うことはできますが、具体的な財産承継の設計や遺言書の文案作成については、必要に応じて弁護士等の専門家につなぐことが望まれます。特に、檀信徒が寺院への遺贈を希望している場合には、寺院が受遺者となる立場で遺言作成を主導すると、相続開始後に遺言者の真意や寺院の関与をめぐって争いになるおそれがあります。そのため、寺院とは独立した弁護士等の専門家の関与の下で遺言を作成してもらうことが適切です。
相続人間の対立、寺院その他の相続人以外の者への遺贈又は複雑な財産処理が見込まれる場合には、遺言執行者を指定しておく実益も大きいでしょう。
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