Q 長年お付き合いのある高齢の檀信徒から、「子どもたちが相続で揉めないよう、自分の遺言書を作っておきたい」と当寺に相談がありました。遺言にはどのような種類があり、それぞれどのような特徴があるのでしょうか。

1 遺言とは
遺言とは、遺言者が、自己の死亡後における財産の承継等に関し、その最終意思を表示する行為です。寺院では、葬儀や法要、墓地、永代供養などを通じて檀信徒と長期にわたる関係を有していることから、高齢の檀信徒から相続や遺言について相談を受けることもあります。
遺言は、遺言者の死亡によって初めて効力を生ずるため、その時点では、遺言の内容が真意に基づくものであるか否かを遺言者本人に確認することができません。そこで、民法は、遺言者の真意を確保し、後日の紛争を防止するため、遺言について一定の方式を定めています。
民法上、普通の方式による遺言には、「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」及び「秘密証書遺言」があります(民法第967条)。
もっとも、実務上、平時に作成される遺言の大部分は「自筆証書遺言」又は「公正証書遺言」のいずれかです。いずれも法律上の効力に優劣はありませんが、作成への第三者の関与、費用、保管方法、相続開始後の手続及び紛争予防の程度等に違いがあります。どちらの方式を選択するかは、遺言者の健康状態、財産関係、家族関係及び作成目的等に応じて検討することになります。
2 自筆証書遺言
自筆証書遺言とは、原則として、遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印する方式によって作成する遺言のことです(民法第968条1項)。ただし、遺言書に添付する財産目録については自書を要せず、パソコンで作成した書面、預貯金通帳の写し又は不動産の登記事項証明書等を利用できます。この場合、遺言者は、財産目録の各葉に署名・押印をしなければなりません(同条2項)。自筆証書遺言の具体的な方式については、Q108「自筆証書遺言の作成方式」にて詳しく説明します。
自筆証書遺言の利点は、証人や公証人等の関与を要せず、遺言者が単独で作成できることにあります。作成自体に公証人手数料はかからず、遺言の存在及び内容を他人に知られずに作成することも可能です。また、財産状況や家族関係の変化に応じて、新たな遺言を比較的容易に作成できます。財産関係が単純で、遺言内容も明確であり、遺言者に十分な筆記能力がある場合には有用な方式といえます。
他方、自筆証書遺言には、公証人等による作成時の確認がないため、方式違反や内容の不明確さが残りやすいという問題があります。日付の記載、押印又は加除訂正の方式に不備があれば、遺言の全部又は変更部分が無効となるおそれがあります。また、財産又は受遺者の表示が不明確であれば、後日、遺言の内容をめぐって相続人間で争いになることもあります。
また、遺言者本人の筆跡であるか、作成時に遺言能力があったか、第三者の影響を受けていないか等について後から争われることもあります。遺言書を遺言者自身や家族が保管する場合には、紛失、隠匿、破棄若しくは改ざん、あるいは相続開始後に発見されない等のリスクもあります。
法務局に保管されていない自筆証書遺言については、原則として、相続開始後に家庭裁判所の検認を経る必要があります(民法第1004条1項)。検認は、遺言の有効・無効を判断する手続ではなく、検認時における遺言書の状態及び内容を明確にし、その後の偽造・変造を防止するための手続です。
このような保管上・手続上の問題に対応する制度として、法務局における「自筆証書遺言書保管制度」があります。同制度を利用すれば、遺言書の原本が法務局に保管され、紛失や隠匿等の危険が軽減されるほか、家庭裁判所の検認も不要となります。ただし、法務局における確認は主として遺言書の外形的な要件を対象とするものであり、遺言内容の法的妥当性、遺言能力又は遺言者の意思に沿った財産承継が実現できるかまで保証するものではありません。
なお、令和8年法律第45号により、自筆証書遺言についての押印を任意化する改正がなされました。具体的な施行日は現時点では未定ですが、施行後は押印をしない自筆証書遺言を作成することも可能となります。ただし、施行日前に自筆証書遺言を作成する場合は従前どおり押印が必要ですのでご注意ください。
3 公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言者の意思に基づき、公証人が公正証書として作成する遺言です。証人2人以上の立会いの下で、遺言者が遺言の趣旨を公証人に伝え、公証人がこれを筆記し、遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させるなど、民法所定の手続に従って作成されます(民法第969条)。通常は戸籍関係書類、財産関係資料等を準備した上で、遺言書の内容等について公証人との事前協議を経て作成します。
公正証書遺言の最大の利点は、法律の専門家である公証人が作成に関与し、遺言者本人の意思及び遺言内容を確認する点にあります。方式違反によって無効となる危険を低減でき、財産や受遺者の表示についても一定の確認を受けることができます。また、原本が公証役場側で保存されるため、紛失、隠匿、破棄及び改ざんのおそれが小さく、相続開始後の家庭裁判所における検認手続も不要です。遺言書の全文を自書する必要もないため、高齢、病気又は身体上の事情により自書が困難な者も利用できます。
もっとも、公正証書遺言であっても、遺言者の遺言能力や遺言内容の法的有効性が当然に保証されるわけではありません。遺言者の認知機能が低下していた場合には、作成時の遺言能力が後に争われることがあります。また、公証人は遺留分侵害の有無や相続人間の将来の対立を最終的に判断する立場ではないため、財産承継の内容については、別途弁護士等による法的検討が必要となる場合があります。
公正証書遺言の作成には、遺言の目的となる財産の価額や内容等に応じた公証人手数料がかかります。必要資料の収集、公証人との事前協議及び証人2人の確保も必要です。また、証人及び公証人が関与するため、遺言の存在や内容を完全に秘密にすることはできません。もっとも、証人には一定の欠格事由があり、推定相続人や受遺者等を証人とすることはできないため、通常は利害関係のない者を選任します
4 その他の遺言
秘密証書遺言は、遺言者が作成して封印した遺言書を公証人及び証人に提出し、遺言書の存在を明らかにしつつ、その内容を秘密にする方式です(民法第970条)。しかし、公証人が遺言内容を確認するわけではなく、方式又は内容の不備が残る可能性があるため、実務上の利用は限定的です。
普通の方式以外の特別の方式による遺言には、死亡の危急に迫った者の遺言、伝染病隔離者の遺言、在船者の遺言及び船舶遭難者の遺言(民法第976条~)があります。これらは、普通の方式による遺言が困難な非常時の例外的措置であり、証人の人数や家庭裁判所の確認等について特別の要件が設けられています。したがって、通常の遺言作成においては、普通の方式による自筆証書遺言又は公正証書遺言のいずれかを検討することになります。
なお、令和8年法律第45号により、パソコン等を用いて作成した書面又は電子データによる遺言を法務局に保管する、新たな「保管証書遺言」の制度も創設されることになりました。具体的な施行日は現時点では未定ですが、施行後は新たな遺言方式の選択肢となります。
5 本件ケースでの対応
これまで述べてきたとおり、実務上、自筆証書遺言又は公正証書遺言が作成されるケースが多く、どちらの方式を選択するかは、遺言者の事情に応じて検討することになります。
財産が少数の預貯金等に限られ、相続関係も単純であり、遺言者が自力で明瞭に筆記できる場合には、自筆証書遺言を選択する合理性があります。この場合でも、方式及び内容について弁護士等の専門家の確認を受け、法務局の保管制度を利用することにより、一定のリスクを軽減することができます。
これに対し、相続人間の対立が予想される場合、財産の種類や権利関係が複雑な場合、特定の相続人に財産を集中させる場合、相続人以外の者に遺贈する場合又は遺言者の筆記能力に不安がある場合等には、公正証書遺言を選択することが適切な場合が多いといえます。
いずれの方式を選択しても、法定の方式を満たすことと、遺言者の目的を法的に実現できることは別の問題です。遺留分への配慮、遺言執行者の指定、債務及び葬儀費用の取扱い、財産の変動への対応等を検討しなければ、相続開始後の紛争や手続上の支障を十分に防ぐことはできません。方式の選択後も、家族関係や財産状況の変化に応じて、遺言内容を見直すことも重要です。
本件のように寺院が檀信徒から相談を受けた場合には、以上のような自筆証書遺言と公正証書遺言の違いを一般的に説明した上で、本人がどのような財産承継を希望しているのかを確認することが考えられます。もっとも、具体的な遺言内容の法的な設計や遺言書の文案作成まで寺院が担うのではなく、内容に応じて弁護士、公証人等の専門家につなぐことが望ましいでしょう。
なお、檀信徒から寺院にも財産を遺したいとの相談があった場合には特に注意が必要です。寺院が遺贈を受ける立場にありながら、住職が遺言内容の作成を主導すると、相続開始後に相続人から、遺言者の真意や寺院の関与について疑問を持たれるおそれがあります。このような場合には、本人の意思を尊重しつつ、寺院とは独立した専門家の関与の下で遺言を作成してもらうことが適切です。
遺言や相続、寺院への遺贈その他檀信徒の終活に関する法律問題について寺院としてどこまで対応すべきか迷われた場合は、弁護士法人 永 総合法律事務所にて迅速かつ適切なアドバイスを申し上げることが可能ですので、いつでもお気軽にご相談ください。





