住職の退任・死亡後における前住職・寺族への庫裏からの退去要求

Q 弊寺では、先般、先代住職が高齢を理由に住職を退任し、後任として私が新たに住職に就任しました。ところが、先代住職とその妻子はこれまでどおり境内の庫裏に居住を続けています。 庫裏は先代住職にとって長年住み慣れた生活の本拠であり、心情的には理解できるものの、新住職である私も庫裏に居住して寺務にあたる必要があります。 寺院として、先代住職やその家族に対して庫裏からの退去を求めることはできるのでしょうか。また、住職が退任した場合ではなく、死亡した場合にはどのように考えればよいでしょうか。

1 庫裏をめぐる問題

 寺院では、住職が庫裏に居住し、家族とともに生活しながら、長年にわたって寺院の宗教活動や運営を担っていることが少なくありません。そのため、住職一家にとって庫裏は単なる職務上の施設ではなく長年にわたる生活の本拠となっていることがほとんどです。

 その一方で、住職が交代すれば、新たに就任した住職が庫裏を使用する必要が生じることもあります。そのため、前住職の退任や死亡を契機として、前住職やその家族がいつまで庫裏に居住できるのかが問題となることがあります。

 この問題を検討するにあたっては、まず庫裏が誰の所有物であるのかを確認した上で、前住職やその家族がどのような法律上の根拠に基づいて庫裏を使用しているのかを整理する必要があります。

2 庫裏の所有関係

 庫裏が宗教法人である寺院の所有である場合、住職個人が長年にわたって居住していたとしても、それだけで庫裏が住職個人の財産になるわけではありません。

 宗教法人と住職個人は法律上別個の権利主体であり、宗教法人名義の庫裏はあくまで宗教法人の財産です。

 したがって、住職が退任して後任の住職が就任したとしても、庫裏の所有権が前住職から新住職へ移転するわけではなく、引き続き宗教法人である寺院に帰属します。

 また、住職が死亡した場合にも、宗教法人所有の庫裏が住職個人の相続財産となり、配偶者や子がこれを相続するものではありません。

 もっとも、寺院によっては、庫裏やその敷地の全部又は一部が住職個人や寺族名義となっている(寺院が住職個人や寺族から賃借している)場合もあります。その場合には全く別の問題となりますので、まず登記事項証明書等によって所有関係を確認する必要があります。

3 庫裏の使用関係

 次に問題となるのが、住職がどのような法律関係に基づいて庫裏に居住しているのかという点です。

 寺院所有の庫裏について、住職が賃料を支払うことなく、住職として寺務を行うために居住することを寺院から認められている場合には、その具体的な事情に応じ、寺院と住職との間に無償の使用関係、民法上の使用貸借契約(同法第593条)等が成立していると評価されることが考えられます。

 もっとも、すべての寺院について当然に使用貸借契約が成立すると考えるべきではありません。庫裏の使用について寺院規則や宗派の規程等に定めがある場合や、住職就任時に何らかの合意がされている場合もあります。また、庫裏の提供が住職の待遇の一部として位置付けられているケースなども考えられます。

 したがって、実際に明渡しを求める場合には、寺院規則、宗派の関係規程、就任時の合意、賃料その他の金銭授受の有無、従前の慣行等を確認した上で、前住職の占有権原を判断する必要があります。

4 住職の退任

 庫裏の使用が「住職として寺務を行うため」という目的で認められていた場合には、住職の退任によってその使用を認めていた基礎が失われることになります。

 特に、住職として在任する期間中の使用を予定した使用貸借と評価できる場合には、退任後も当然に無期限で庫裏に居住し続けることができるものではありません。

 もっとも、「退任した以上、その日から直ちに不法占拠になる」と一律に考えることも適切ではありません。前述したとおり、実際の法律関係は、庫裏使用についての合意内容、寺院規則、宗派の規程、従前の経緯等によって異なります。また、長期間生活の本拠としていた前住職に対して現実に明渡しを求める場合には、その経緯や退任理由等を踏まえ、相当な退去期間を設けることが適切なケースもあります。

 したがって、寺院としては、まず前住職の庫裏使用の法律関係を確認し、使用権原が終了していると判断される場合には、退去時期等について協議を行った上で明渡しを求めていくことになります。

5 住職の死亡

 住職が在任中に死亡した場合についても、庫裏が宗教法人の所有である以上、その所有権を住職の配偶者や子が相続するわけではありません。

 また、住職個人との間に使用貸借が成立していた場合には、民法第597条3項により、使用貸借は借主の死亡によって終了するのが原則です。

 したがって、住職本人の死亡後、その相続人が「住職の相続人だから」という理由だけで、当然に庫裏を使用し続ける権利を取得するものではありません。

 もっとも、住職の死亡後も一定期間寺族の居住を認める旨の合意がある場合など、個別の事情によって結論が異なる可能性があります。そのため、死亡の場合についても従前の使用関係を確認することが必要です。

6 寺族の居住

 前住職の配偶者や子など寺族の居住についても注意が必要です。

 寺族が前住職とともに庫裏に居住していただけであり、寺族自身について独立した使用権原が認められていない場合には、前住職の使用権原が終了すれば、寺族についても当然にいつまでも居住を継続できるわけではありません。

 もっとも、寺族自身と寺院との間に別個の合意がある場合や、寺族自身が寺院において一定の職務を担っている場合などには、その法律関係を別途検討する必要があります。

 また、法律上明渡しを求めることが可能であるとしても、住職の死亡直後に長年庫裏に居住してきた高齢の配偶者等へ直ちに退去を求めることが、寺院運営上適切とは限りません。

 寺院としては、法律上の権利関係を明確にした上で、一定の退去猶予期間を設けるなど、個別の事情に応じた現実的な対応を検討することが望ましいでしょう。

7 賃貸借となる場合

 庫裏の使用について住職から寺院に対して賃料が支払われているなど、実質的に賃貸借(民法第601条)と評価される事情がある場合には、使用貸借の場合とは法律関係が大きく異なります。

 建物賃貸借に該当する場合には借地借家法の適用が問題となり、契約期間、更新の有無、解約申入れや更新拒絶の要件などを踏まえて検討しなければならず、単に住職を退任したという理由だけで直ちに明渡しを求めることができるとは限りません。

 そのため、「寺院所有の庫裏だからいつでも退去させることができる」と考えるのは危険です。

 庫裏の使用をめぐって紛争が生じた場合には、まずその法律関係が使用貸借なのか、賃貸借なのか、それ以外の関係なのかを正確に整理する必要があります。

8 明渡しの方法

 前住職や寺族に庫裏を使用する権原がなくなったとしても、寺院自らが勝手に鍵を交換したり、家財道具を搬出したりすることは避けなければなりません。

 まずは前住職や寺族との間で退去時期等について協議し、合意が成立した場合には、明渡日や残置物の処理等について書面化しておくことが望ましいでしょう。

 任意の協議による解決が困難な場合には、寺院から書面によって明渡しを求め、それでも退去しない場合には、建物明渡請求訴訟等の法的手続を検討することになります。

 また、訴訟中に第三者へ占有を移転されるおそれがある場合には、占有移転禁止の仮処分を検討することもあります。

 最終的に明渡しを命じる判決等を得ても任意に退去しない場合には、強制執行の手続によって明渡しを実現することになります。

9 事前のルール整備

 庫裏をめぐる紛争の特徴は、問題が生じてから初めて「そもそも前住職は何を根拠にここに住んでいたのか」が問題になることです。

 住職が就任してから数十年が経過しているケースでは、当時の関係者が既に死亡していたり、書面が残っていなかったりするため、法律関係を明らかにすること自体が困難になることがあります。

 そのため、寺院としては、住職が庫裏に居住する場合、その使用が住職の在任を前提とするものであること、使用料の有無、退任・死亡時の取扱い、退去までの猶予期間、寺族の取扱い等について、あらかじめ書面で明確にしておくことが望ましいといえます。

 これは前住職や寺族を排除するためのものではなく、むしろ住職の交代や死亡という事態が生じた際に、寺院と寺族双方の認識の食い違いを防ぐためのものです。

10 本件ケースにおける対応

 本件では、まず庫裏の登記簿謄本上の所有者を確認するとともに、先代住職がどのような法律関係に基づいて庫裏を使用してきたのかを確認する必要があります。

 庫裏が宗教法人の所有であり、先代住職が住職として寺務を行うために無償で使用していたものであれば、住職の退任によってその使用を認めていた基礎が失われ、寺院から明渡しを求めることができる場合が多いと考えられます。

 もっとも、長年にわたり生活の本拠としてきた事情等もありますので、寺院としては直ちに法的手続を採るのではなく、まず先代住職や寺族との間で退去時期について協議し、相当な猶予期間を設けた上で円満な明渡しを求めることが適切です。

 これに対し、先代住職が死亡した場合には、住職個人との使用貸借であれば原則としてその死亡によって終了しますが、寺族に独自の使用権原がないかなどを確認した上で対応する必要があります。

 そして、協議による解決が困難な場合には、書面による明渡請求を行い、必要に応じて建物明渡請求訴訟等の法的手続を検討することになります。

 庫裏は、寺院財産であると同時に住職一家の生活の本拠でもあるため、住職の交代や死亡時には法律関係と寺族の生活問題が正面から衝突しやすい財産です。寺院としては、紛争が発生してから対応するのではなく、住職就任時から庫裏の使用関係と退任・死亡時の取扱いを明確にしておくことが、紛争予防の観点から重要です。

 住職の退任・死亡に伴う庫裏の明渡し、寺族との法律関係、寺院財産の管理その他寺社運営に関する法律問題については、弁護士法人 永 総合法律事務所にて迅速かつ適切なアドバイスを申し上げることが可能ですので、いつでもお気軽にご相談ください。

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