梵鐘の音と騒音トラブル

Q 当寺ではこれまで代々住職が朝夕梵鐘をついて近隣の皆さまに時刻を知らせてきました。しかし、最近になって近隣住民から「梵鐘の音がうるさくて生活が害されている。損害を賠償してほしい。」と言われています。お寺としてはお金を払わなければならないでしょうか。

1 受忍限度論

 全ての権利の行使は、その態様や結果が社会観念上妥当と認められる範囲内でのみこれをなすことを要し、権利者の行為が社会的妥当性を欠き、これによって生じた損害が社会生活上一般的に被害者において忍容するのが相当とする程度を超えたと認められるときは、その権利の行使は権利の濫用にあたり、違法性を帯び、不法行為の責任が生じます(最判昭和47年6月27日民集26巻5号1067頁)。

 これを「受忍限度論」といい、人間が社会生活を営んでいる以上、他人の生活に起因する侵害行為については、社会共同生活上受忍すべき限度を超えた場合に限り違法として評価されるとするものです。

 違法として評価する判断基準としては「受忍限度を超えたか否か」がポイントとなるところ、その判断要素は概ね以下の諸事情を考慮するものとされています(竹内努「一般不法行為の要件事実」窪田充見編『新注釈民法⒂ 債権⑻』(有斐閣2017)845頁)。

 被害者側の事情:① 被害の種類・程度、② 被侵害利益の公共性、社会的価値、③ 被害者に対する被害回復期待可能性、④ 被害者の過失

 加害者側の事情:⑤ 加害行為の態様、⑥ 加害行為の公共性、社会的価値、⑦ 加害者に対する防止措置の期待可能性、⑧ 法令・条例等の公法上の基準、⑨ 改善勧告等の行政処分

 双方の事情:⑩ 先住性、⑪ 地域性

2 実際の事例ケース

 以下、実際にお寺の梵鐘の音がトラブルになった事例ケースをご紹介します。

 X寺では朝夕の2回(6時と18時)に7回ずつ梵鐘をついていたところ、寺院の隣接地に引っ越してきたYが、その家族が仕事や大学受験勉強のために深夜まで起き、朝遅くまで寝ているにもかかわらず梵鐘の音で安眠が妨害され、いずれ家族に病人が出たり、大学受験に失敗するおそれがあるとの理由で、梵鐘をつくことの禁止を求めました(高岡簡決昭和45年10月1日判タ255号203頁)。

 このケースにおいて、裁判所は主に以下の事情を考慮してYの申請を却下しました。

・ X寺の所在地では梵鐘による音は騒音規制法の対象外であること(上記判断要素の⑧)

・ 梵鐘の音は騒音とはいえないこと(同⑤)

 (騒音とは、高音と低音が入り乱れ、または高音だけがそれぞれ一定の時間、継続または断続的に発生している音をいうと解する。梵鐘の音は単に高い音であり、朝夕2回、合計14回の打数で2分間の音を発生させるだけのものであって、そもそも騒音とはいえない。)

・ X寺の所在する町は、X寺内に大仏があることで、由緒ある歴史の地として観光の地、商業の地として繁栄してきたもので、Yもそれを認識し、営業の地として移住してきたこと(同④⑥⑪)

・ X寺では、火災等で中断していた時期があるものの、165年の間、奉仕的観光行事として梵鐘を鳴らしていること(同⑩)

・ 近隣の住民は梵鐘の音に好感と感謝の念を持っており、梵鐘の音を生活動作の標準時としていること(同⑥⑪)

・ Yの生活の安全を害させるに至った具体的な事実が判然とせず、その事実の発生が認められないこと(同①)

3 本件における対応

 本件においては、お寺の所在地において梵鐘の音が騒音の規制に抵触するか、梵鐘をつく時間帯と長さ、近隣住民が主張する損害の具体的内容などの個別事情にもよりますが、梵鐘をつくという一般的な態様の範囲を出るものではない限り、社会共同生活上受忍すべき限度を超えた違法なものとまでは言えず、損害賠償が認められる可能性はそれほど大きくはないものと思われます。

 しかし、寺院活動においては近隣住民の継続的な理解と協力関係が欠かせませんので、誠意ある話し合いをもって双方の立場を理解し、防音措置を講ずることや梵鐘をつく時間の変更、梵鐘をつく回数を減らす等の解決を図ることも考えられます。

 梵鐘の音と騒音トラブルの具体的な解決については、弊所にて迅速かつ適切なアドバイスを申し上げることが可能ですので、いつでもお気軽にご相談ください。

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